『 Wild
Fire ― 野火 ― 』
「 お疲れサマ〜〜 」
「 ・・・ お疲れ様。 今日は上手くいったね〜 」
「 あ〜あ・・・ もうダメかも〜〜〜 」
華やかな色彩と熱の篭った空気を纏い、ダンサ−達が舞台から引き上げてきた。
まだ流れている汗とウキウキした気分で 誰もが少々声高になっている。
言葉とは裏腹に どの顔にも笑みが残っていた。
スタ−級は別として 大部屋の楽屋へもどやどやと出演者達が戻ってきた。
パリに数ある中小の劇場のひとつで、今夜も公演が無事に終了したのだ。
「 あ〜〜・・・ 疲れたァ〜〜 あ? あれ、なに? 」
どさ・・・っと衣裳のまま椅子に座り込んだ金髪が ほら、と壁を指している。
「 カトリ−ヌ、お疲れ様〜〜 本当にね、あと1日頑張れば終わりよ〜 え・・・? ああ、なにかしら。 」
「 フランソワ−ズ、あなたも顔色、悪いわね〜〜 やっぱぶっ続けはキツいわよね。 」
「 そうねえ。 でも踊れるだけでわたし、シアワセよ。 ・・・ そういえば、足首の具合どう? 」
「 う〜ん ・・・ もう慢性だからね、 仕方ないっていうか。 」
「 氷、もらってきましょうか? 」
「 大丈夫 ・・・多分。 フランソワ−ズはいいわねえ、アナタ、怪我って本当にしないわよね〜 」
「 え・・・・ ええ。 ちょっとはするけど・・・すぐ治るみたい・・・ 」
「 ふうん ・・・ あ〜あ ・・・ あれってなんだろうなあ〜 」
カトリ−ヌは壁の張り紙に気を取られているらしい。
フランソワ−ズは密かに胸をなでおろしていた。
・・・ 怪我をしない身体・・・か・・・
低く呟くと、彼女も椅子に腰を降ろした。 衣裳を脱ぎ軽くガウンをひっかける。
きつく結んだリボンを解いてポアントを脱ぐ。
タイツを捲りあげれば ・・・ 白い素足にはあちこちに絆創膏が貼ってある。
珍しくもない当たり前の姿なので誰も気にもとめないが ・・・ 絆創膏の下に傷や腫れはなく
すんなりと真っ直ぐな足指が伸びているだけ、なのだ。
そうよ・・・たとえポアントが潰れても この足は傷つくことはないの そして
・・・ どんなに努力しても 脚の形が磨きあがってゆくことは・・・できない・・・
フランソワ−ズはきゅっと唇を噛み締めると、化粧台の下でそっと絆創膏を剥がし靴下を履いた。
<ふつうの世界> に <普通のヒト> として紛れ込むために、
それは必要な作業であり、一種のカモフラ−ジュに近い。
・・・ どんなに隠しても。 本当は ・・・ 機械仕掛けのお人形なのよね・・・
でも ・・・ 今すこしだけでいいの、小さな ウソ を許してください・・・
誰に願っているのか・・・ フランソワ−ズは心の中でそっと呟き許しを請うていた。
「 あれ・・もう次のキャスティングが出てる〜 」
カトリ−ヌが壁際で頓狂な声をあげた。
「 ・・・え〜〜 ・・・ もう? ねえ、今度、なあに。 」
「 次って〜〜 ウソぉ〜〜 」
着替え中の仲間たちが つぎつぎと張り紙の前に集まる。
楽屋は女性ばかりだから あられもない恰好がほとんどなのだが・・・誰も気にも留めてはいない。
「 『 眠り〜 』 の三幕と 『 パキ−タ 』 かあ。 まあまあ・・ってとこねえ。 」
「 あと・・・ 創作ね。 あ、へえ〜〜、これ・・・久し振りねえ。 」
カトリ−ヌが キャスティングの紙に指を当てている。
「 ほんと。 最近ご無沙汰だったわね・・・ カトリ−ヌと ジャネットと・・・・あら フランソワ−ズもね。 」
「 ・・・ わたし? ・・・ これ・・・創作なの? モダンは踊ったことがないのに・・・ 」
フランソワ−ズは後ろから遠慮がちに首を差し伸べていたが 困惑の声を上げてしまった。
「 え・・・ モダンって・・・ 」
さっと仲間たちが振り返る。
カトリ−ヌが ああ・・・という顔で説明をしてくれた。
「 あ、これってね。 モダンじゃないのよ〜 一応 テクはクラシックで ・・・ ポアントで踊るのよ。 」
「 ・・・ だってジャズを??? この曲は ・・・ ジャズでしょう? 」
「 うん。 ジャズ風の編曲だけどモト曲はクラシックなんだ。 振り付けは日本人でさ。
すごいアレグロでね〜、も〜足、縺れそうよ。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 日本人? 」
「 あ、知ってる? 〇〇〇ってヒト。 」
「 え・・・ううん。 全然。 ただ・・・お友達が日本にいるから・・・ちょっと懐かしいなって・・・ 」
「 あらぁ〜〜 カレシでしょう? 」
「 あのヒトね♪ ファンが大事〜〜に持ってる写真のヒトでしょ〜〜 」
「 あ〜 見たこと、ある〜〜 」
「 うんうん♪ いっつも持ってるでしょ、私もちらっと見たわよ〜〜 」
「 ほ〜ら フラン? そろそろ白状したら〜 ・・・ あのセピアの髪の彼、でしょう? 」
カトリ−ヌがつんつん・・・と突いた。
「 きゃあ〜 やっぱりね〜〜 ねえねえ・・・写真、見せて〜〜 」
華やかな声が沸きあがり、フランソワ−ズは耳の付け根まで真っ赤になっている。
「 ち・・・ ちがうわ。 あ、あの・・・写真のヒトは日本人だけど。 ただの ・・・・ そう、ただのオトモダチよ。 」
「 ふう〜〜ん・・・ <今は>まだ ただのオトモダチなのね? 明日はどうなるか〜わからない♪ 」
「 そ、そんなコトないわ・・・ 多分 だってずっと・・・会ってないし・・・ 」
「 い〜じゃん、次の舞台に呼べば? アナタの国のヒトの作品よ〜ってさ。 」
「 そ〜そ〜♪ チャンスは有効に使わないとね〜〜 」
「 オクテのファン〜〜 頑張れ♪ 」
「 ・・・ ヤだわ〜〜 もう、みんな・・・ 」
仲間たちの笑顔と囃し声に包まれて真っ赤に上気してしまったけれど、フランソワ−ズもウキウキしていた。
ふふふ・・・ こんな他愛もないおしゃべりを楽しめるって・・
ウワサ話に賑わうって ・・・ 本当に 素敵・・・!
何気ない日々のひとつひとつが とても愛おしい。
当たり前の時を過せる現在 ( いま ) の暮らしがいつまでも続いてほしい ・・・ !
あ。 ・・・・ ジョ− ・・・・
不意に。 大地の色をした温かい瞳がこころに浮かんだ。 同時にセピアの髪を風にゆらす姿が
脳裏を横切ってゆく・・・
・・・ どうしているの。 ねえ ・・・ 元気なの・・・?
てんでに化粧を落としたり、着替えたりし始めた仲間達の陰で フランソワ−ズはこっそりとバッグをあけた。
いつも潜ませている小型のパス・ケ−ス。
そっとひらけば ・・・ 彼女がセピアの髪の青年と並んでいる写真が見える。
ふふふ・・・ これってただ <並んで> いるだけね。
これじゃどうみても クラス・メイトか仕事仲間よ?
そうね・・・確かに <仕事仲間> には違いないけど・・・・
背景には赤や黄色に染まった木々が写っていて、青年はぎこちない笑みを浮かべていた。
そう・・・ 極東の島国で身を寄せていた屋敷・・・ その裏山に出かけた日だったっけ・・・
ふいに、あの街の澄み切った空が思いだされた。
やっと ・・・ やっと静かな生活が始まった頃だったわね・・・
でも それがどんなにか嬉しかったことか・・・ 不便な仮住いだったけど。
そうそう・・・お互いにまだ 名前くらいしかしらなかったっけ。
名前だけしか知らない東の果ての島国で、古びた屋敷に仲間達と身を寄せていた。
当主の老人は温厚な人物で何の拘りもなく彼らを受け入れてくれたのだ。
暗黒の日々からの決死の脱出 と それに継ぐ逃亡の日々・・・
やっと訪れた穏やかな日々に 誰もがほっと息をつき束の間、安息の日々を貪っていた。
ああ・・・ これが <ふつうの日々> だったか・・・
穏やかに過ぎてゆく季節を フランソワ−ズはぼんやりと見つめることが多かった。
「 ・・・ やあ。 今、手、空いてるかな。 」
身を寄せていた屋敷のリビングで ( 居間 というのだ、と彼が教えてくれた・・・ ) 新聞を広げていると
ひょい、と栗色の髪の青年が顔を覗かせた。
「 あら・・・ 009。 ええ、洗濯も終ったし。 晩御飯は006が引き受けてくれたから・・・大丈夫よ。 」
「 そうか。 ちょっと・・・ 近所を散歩しないかい。 あ、新聞、読んでいるなら後にしようか。 」
「 あら、これはね、写真を眺めているだけ。 ・・・ 日本語、まだ読めないもの。
まあ、お散歩? 嬉しいわ〜〜 ずうっと家に居て つまらないな〜って思っていたのよ。
あ・・・ でも ・・・ 大丈夫かしら。 」
「 大丈夫って・・・ なにが。 」
「 そのう・・・ わたし、外にでても・・・可笑しくない? ヘンな恰好じゃないかしら。 」
フランソワ−ズはもじもじとスカ−トを引っ張っている。
「 え・・・・ ヘンって・・・どこが。 」
栗色の髪の青年は まじまじと目を見開き、じ〜〜っと彼女を見つめた。
「 ・・・ やだ。 そんなに見つめないで・・・ 」
「 ご、ごめん! あの・・・ 別にどこもヘンじゃないよ。 003って ・・・ 綺麗だね! 」
「 ま・・・ イヤよ、009。 そんなこと、面と向かっていわないで・・・ 」
「 だって・・・ 003はさ、紅葉も嫉妬しそうなくらい綺麗だもの。 」
「 うふふ 009ってば・・・。 ねえ、ほんとうにこの恰好で・・・いい? 」
「 うん、全然。 そのふわ〜っとしたスカ−ト、よく似会うよ。 上着もいらない天気だね、行こうか。 」
「 ええ。 ・・・ ねえ、近所ってどこに行くの? お買い物? 」
「 あ・・・ その方がいい? 買い物っても地元の商店街くらいしかないけど、・・・ 」
「 あの・・・ リクエストしてもいいかしら。 」
「 モチロン〜〜 行きたい場所とか・・・ あんまり遠出は困るんだけど。 どこかい。 」
「 あのね。 キッチンの窓からとっても綺麗な赤だの黄色いのだのの木の葉が見えるの。
あの木があるところにつれて行ってくださる? 」
「 木 ・・・??? ・・・ ああ! わかったよ。 うん、お安い御用さ。
いや もっといい場所を知ってるから。 そっちに行こうよ! そうだな〜今、季節だもんな。 」
「 ・・・ あらそうなの? ・・・ ちょっと・・・待ってて! ちょっと、ちょっとだけ・・・! 」
「 ?? いいけど・・・? 」
相変わらずまん丸に目を見張っている彼を置いたまま、 彼女は駆け出した。
一応私室に、と割り当てられた部屋にとんでいったのだ。
ああ〜〜 どうしましょ。 口紅 ( ルージュ ) の一本もないのよね・・・!
せめて髪・・・そうよ、髪だけでも綺麗に・・・
フランソワ−ズは鏡の前からブラッシを握ると 熱心にブラッシングを始めた。
頬を上気させ 瞳をきらきらと輝かせ。
染まった頬と唇の赤のコントラストが一層彼女の美貌を際立たせていたのだった。
服も ・・・ これしかないわ。
うう〜ん ・・・ ああ、せめてお気に入りのあのレ−スの襟があればなあ・・・
今更ながらに、ブラウスの襟をひっぱったり、ボウ・タイをふんわり結びなおしたり。
いつの世も。 どんな場所でも ・・・ 乙女の支度はなかなかにヒマがかかるのである。
「 ・・・ お待たせ、ジョ−。 遅くなってごめんなさい。 」
「 ううん・・・ じゃ、行こうか。 ・・・ あ・・・れ・・・? 」
「 なあに? ・・・あ、やっぱりわたしって ・・・ ヘン? 」
玄関脇の居間に飛び込んできた彼女を前に ジョ−がまたまた目をまん丸にしている。
彼も一応上着を持って でかける準備は整っていたらしいのだが。
「 ・・・ あの ・・・? 」
「 う ・・・あ! ご、ごめん! ううん、ううん〜〜 全然。 まったく ちっとも! 」
たちまち曇った青い瞳に ジョ−は首も手も振って大慌てだ。
「 ・・・ いいの、はっきり言ってくださる。 わたし・・・ ずっと ・・・ 普通の世界から隔離されていたから。
今のこの国の女の子って どんな風なの? 」
「 あ! あの! そうじゃないよ、全然 ちがうってば。
ぼく ・・・ きみが部屋に行って帰ってきて。 そしたら ・・・ なんだか全然別にヒトみたくになってて。
それで びっくりしちゃったんだ。 あのぅ〜〜 お化粧、直してきたんだよね? 」
ジョ−は目の前にいる 活き活きと瞳を輝かせ頬を珊瑚色に染めている少女を
惚れ惚れと見つめなおしていた。
・・・ すげ・・・ さっきまでとは別人じゃん・・・!
美人だな〜って思ってたけど。 こんなに綺麗だったなんて ・・・ !
あ。 ヤバいな〜〜 ・・・ こんな彼女ってすごくぼくの好みなんだ〜〜
「 ・・・ え ・・・ 違うわ。 だって・・・ 化粧品なんて持ってないもの。
ちょっと、髪を梳かしてきただけよ。 」
「 そ、そうなんだ?? でも ・・・ すごく、すご〜〜く綺麗だ! 滅茶苦茶に素敵だよ! 」
「 イヤだわ〜〜もう・・・ ジョ−ったらからかってばっかり。 」
「 ! からかってなんか・・・いないよ! ・・・ 本当のコト、言っただけだ。 」
「 ・・・ そ、そうなの? あ・・! あの。 009のこと ・・・ ジョ− って呼んでもいい。
・・・ ア・・・もう 呼んでいるわね、わたしったら。 」
「 も、もちろん オッケーさ。 あ・・・あの。 それじゃ・・・きみのこと・・・
そのぅ〜 フランソワ−ズ って呼んでいいかな。 マドモアゼル・アルヌ−ル・・・なんて舌噛みそうだし。 」
「 ・・・ いいわ。 ジョ−。 」
「 うん・・・ ふ、フランソワ−ズ。 それじゃ ・・・ 行こうか。 」
「 ・・・ ええ 。 」
二人は見つめあっては パっと視線を外しそのまま並んで門から出ていった。
そうだったわ・・・ あの日の <お散歩>は。 一生忘れないもの・・・
初めて 二人だけで<外> に出て。 綺麗な モミジ を見て。
初めてちゃんと名前で呼び合って ・・・ ふふふ
・・・それで 初めてキスまでしたわね・・・・
「 ちょっと〜〜〜 フラン? 聞いてる〜〜 明日の朝のクラスは9時からだってよ。 」
「 ・・・ あ・・・? え、ええ、カトリ−ヌ・・・ありがとう。 」
「 さすがのフランも疲れちゃった? ま、明日、楽日だしね。 」
カトリ−ヌはぽん・・・っとフランソワ−ズのむき出しの背を叩いた。
着替え途中でぼんやりしている親友に 彼女は温かい笑みを送ってくれた。
「 あ・・・ ごめんなさい。 ちょっと・・・ええ、やっぱり疲れたわ。 皆すごいわね〜〜 」
「 こんなの、慣れよ。 あなただってすぐにブランクなんか忘れてしまえるわ。 」
「 そうだと・・・いいのだけれど。 あ・・・急がなくちゃね。 」
「 うん。 あ、そうそう・・・次のリハ−サルね、来週の月曜からだって。 」
「 え・・・ もう?? 凄いわね〜〜 」
「 オフは週末だけってことよ。 あ、そうそう。 音とビデオね、カンパニ−のオフィスで受け取るといいわ。」
「 ありがとう!通り道だから寄ってみるわね。 カトリ−ヌ・・・ ごめんね、いろいろ・・・疲れているのに。 」
「 ううん ・・・ 私、さ。 アナタとまた・・・こうやって一緒にメイクして一緒に踊れるってすごく嬉しいの。
だから。 また頑張ろうね。 」
「 ・・・ うん! 」
以前、フランソワ−ズが突然行方不明になった時、カトリ−ヌは必死に探し回ってくれたのだ。
兄のジャンとも力を合わせ ・・・ 尽く徒労に終っても、彼女は諦めなかった。
フランソワ−ズは絶対に きっと どこかで無事よ!
彼女の信念に兄も随分と慰められた、という。
そして 突然・・・ 舞い戻ってきた親友を カトリ−ヌは涙を流し何も聞かずに迎えてくれた・・・
兄と親友と。
この二人の存在がなかったなら フランソワ−ズは再びこの街で踊りたい・・・とは思わなかったかもしれない。
「 じゃ〜ね〜〜 明日・・・ ! 」
「 バイ! フランソワ−ズ〜〜 」
「 お疲れ様〜〜 あと明日だけねえ〜〜 ! 」
「 ・・・ また明日 ・・・ 」
まだ軽い気の昂ぶりを引き摺ったまま 仲間達は通用口から帰ってゆく。
フランソワ−ズも慌てて荷物をまとめ、 外に出た。
あ ・・・・ 綺麗なお星さま・・・
頬にあたる夜風が まだかなり冷たく感じる。
フランソワ−ズは慌ててコ−トの襟をたて、スカ−フをひっぱり上げた。
脚に身体に残る熱が すう・・・っと冷えてゆく・・・
・・・ いい気持ち。 ちょっとお散歩したいけど・・・早く帰らないと。
また お兄さんが心配しちゃうわよね・・・
よいしょ・・・っと重いバッグを抱えなおした。
「 あの・・・ フランソワ−ズ? 」
「 ・・・ え? 」
不意に後ろから 声が掛かった。 ・・・ あまり聞き覚えのある声では ない。
一瞬。 身体中に びりり・・・と <ちがう熱> が突き通り、彼女は・・・ゆっくりと振りかえった。
「 ・・・ はい? 」
数歩離れた石畳の上には。 やはり大きなバッグを抱えた青年が自転車を押して立っていた。
・・・ あ、 ・・・・ なんだ ・・・
えっと ・・・ カンパニ−のヒトよね。 クラスで見る顔だもの。 え〜と・・・?
「 あの。 ・・・ その荷物。 一緒に運ぶよ? 」
「 あら ・・・ ( え〜と・・・? ・・・あ! そうだわ!! ) ミッシェル? 」
「 僕も途中まで同じ方向だから。 乗っけていいよ? 」
「 え・・・だって重いのよ? 」
「 わかってるってば。 でもほら・・・自転車だから。 途中までだけど・・・ 」
「 ・・・ そう? メルシ・・・ あ。 お疲れさま〜〜 」
「 うん、お疲れさま。 今日のさ、『 ファランド−ル 』 よかったよ。 ・・・どんどん良くなるね。 」
「 あら・・・そう? 嬉しいわ〜〜 もう夢中だから・・・全然客観的に見えてないの、わたし。 」
「 ははは・・・誰でも始めはそんなもんだよ。 」
「 そう? ミッシェルは ・・・ 『 椿姫 』 ね、ああいうドラマ・バレエって・・・大変そう。 」
「 う〜ん ・・・ 僕はまだまだコル−ドだからね、なんだって大変さ。 」
「 あら〜〜 それはわたしも同じことよ。 」
「 うん ・・・ 」
「 あ・・・その角でいいわ。 わたしのアパルトマン、すぐそこだから。 」
「 ・・・ 部屋まで持ってゆこうか? あ、モチロン、ドアの前までだよ。 」
「 まあ〜〜 メルシ♪ でもね、 兄が待ってるから。 お休みなさい、ミッシェル。 」
「 ・・・あ ・・・うん。 お休み〜 フランソワ−ズ。 じゃあ・・・ 」
「 ・・・ ええ。 また明日、ね。 」
「 うん。 ・・・ あ。 」
「 なあに? 」
「 次の公演 ・・・ < Wild Fire > だって? 」
「 ええ。 初めてなの。 今から ドキドキ〜 なの。 ミッシェルは見たこと、あるのでしょう? 」
「 うん。 ウチのカンパニ−の定番だから。 最近はあまり上演していないけど。 」
「 ねえ、どんな踊り? ジャズの曲でクラシックを踊るって聞いたの。 」
「 う〜ん・・・アレは女性だけの踊りだからなあ。 僕にはすごいアレグロだなあ〜って印象しかなくて。
でも・・・パワ−があったな。 どんなことがあってもヒトは再起できるんだ!って感動したよ。 」
「 再起 ? まあ ・・・ スト−リ−があるの? 」
「 いや。 アップ・テンポなジャズに乗って踊るアブストラクト・バレエだよ。
でもちゃんとメッセ−ジは感じ取れるんだ。 すごい振り付けだな〜って思ったよ。 」
「 そうなの・・・ わたしに踊れるかしら・・・ 」
「 頑張れよ。 応援してる。 フランソワ−ズにならきっとできるよ。 」
「 ・・・ メルシ〜〜 それじゃ・・・ 」
「 うん ・・・ 」
勿忘草みたいな瞳がず〜〜っと背中を追っている。
フランソワ−ズは 弾む足取りで角を曲がり ・・・ 兄の待つアパルトマンへ駆け出した。
ああ・・・ びっくりした・・・
・・・誰かが待っていてくれる、なんて・・・久し振りね。
ミッシェル ・・・ ちょっと ・・・ 彼に似てる、かなあ・・・
階段を登る脚がウキウキしている。
疲れ切っているはずなのになんだか楽しい。
誰かとハナシをして 弾んだ気分になるなんて・・・ 本当に久し振りだった。
ミッシェルという青年自身に特に魅かれた ― というわけでもない。 キライではないけれど。
ただ。 彼は かれ の面影をほんの少しカンジさせる雰囲気を持っていた。
・・・ もう関係のないヒト・・・のはずなのに。
もう ・・・ 会うこともないヒト ・・・ なのに。
アパルトマンの階段を辿る足取りは次第にゆっくりとなり ― 最後の数段はのろのろと脚を運んだ。
名前を呼び合うことにすら ひどく時間がかかった かれ と わたし。
あの日・・・
モミジの降る中で 唇を重ねたのは ・・・ 夢だったのかしら。
不意に目に前に 艶やかに染まった秋の木々の風景が広がった。
あの 秋 だ。
晴れ上がった空に くっきりと映える赤や黄・・・ そして大地のセピアを彩る常緑の木々・・・
異国の秋は静かに・・・そして目にはひどく饒舌にフランソワ−ズを迎えいれてくれた。
「 ・・・ 本当に ・・・ 綺麗ねえ・・・! ね・・・触ったら指まで染まりそうだわ。 」
「 うん ・・・ きみの方がずっとキレイだ・・・ ! 」
「 ・・・え? 」
「 あ・・・ いや。 ・・・ああ、 日本の秋はね、モミジがキレイなんだ。 」
「 もみじ っていうのね。 わたしの故郷の街もね、秋にはマロニエがとてもキレイなの。
レモン色の葉になるのだけど・・・・ こんな風に真っ赤なのは初めてよ。 」
「 ふうん・・・ どこの国でも秋は賑やかなんだね。 」
「 秋の始めはね。 でもすぐに枯葉になってあっという間に散ってしまうの。 」
「 ・・・ ここは ・・・ まだ散らないよ。 本当に ・・・ きみはキレイだ・・・! 」
「 ・・・ え・・? 」
「 フ、 フラ ・・・ンソワ−ズ ・・・ 」
「 あ ・・・! 」
009は、 いや、 ジョ−は。 不意に彼女を抱き寄せた。
「 ずっと ・・・ずっと好きだったんだ・・・! きみの瞳に見つめられたあの時から! 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ わたしも。 あなたのセピアの目がこちらを見てくれた時からずっと・・・ ! 」
「 ・・・ フランソワ−ズ・・・! 」
ジョ−はそのまま ・・・ 熱く唇を重ねてきた。
降る ・・・ ふる ・・・ 落ち葉が降る。 音もなく 秋が ・・・時間が過ぎてゆく・・・
カサ コソ ・・・
彼 と 彼女 の足元で舞い落ちた葉が音をたてた ― 邪魔しないように、こっそりと。
つう〜〜ん ・・・と 落ち葉の香りが ちょっと湿気った秋の香りが二人を包んだ。
あれは ・・・ そう、いつのこと?
ほんの ・・・ この前の秋、じゃなかった・・・?
気がつけば、周りは壁のシミさえ覚えているアパルトマンの階段で。
彼女は部屋のドアの前に 立っていた。
― 微かにドアが軋む音がした ・・・
「 ・・・? ああ、ファン? お帰り。 」
「 お兄さん・・・! ただいま・・・ 」
ドア・ノブに手を伸ばしたとき、 目の前でドアが開いた。
迎えいれてくれた兄と抱き合って 軽く頬に口付けをかわす。
・・・ あ ・・・。 いつもの煙草のにおい・・・
ふふふ・・・ これが ウチのにおい、かもしれないわねえ・・・
フランソワ−ズは兄と腕を組んで居間に入った。
「 お兄さんったらすごいわ〜〜 どうしてわかったの。 」
「 お前の足音ならもうず〜〜っと聞いているからな。 ・・・どうかしたのか。 」
「 え・・・? べつに・・・。 どうして? 」
「 いや。 階段を登る音がだんだんゆっくりになってきたから。 何かあったのかな、と思ってさ。 」
兄は 妹の腕を離し少し怪訝な眼差しである。
「 う〜ん ・・・ やっぱりちょっとくたびれたな〜って。 あと一日〜〜 頑張らなくちゃ。 」
「 ああ・・・ そうだな。 お疲れさん。 何か食べるか。 」
「 ・・・ ホット・ミルクだけでいいわ。 もうシャワ−浴びて寝ます〜〜 」
「 そうか。 あ、りんごがあるぞ、食うか。 」
「 え・・・ ああ、頂戴。 ベッドで齧るわ〜〜 」
「 こら。 行儀、悪いぞ〜〜 そら。 」
それでも笑って兄は 小振りの青い林檎を放ってよこした。
「 ・・・っと。 いいの〜〜 だってね、もう次の演目が回ってきたのよ。
あ・・・ お兄さん、ちょっとPC貸して? 検索、したいの。 」
「 へえ・・・ お前が珍しいな。 いいよ、ここに置いておくから勝手に使え。 」
「 メルシ。 今度はね〜 ちょっとモダンっぽいの。 あのカンパニ−の定番演目らしいんだけど・・・
わたし、全然しらないし。 一応帰りにDVDを借りてきたけど・・・ちょっと検索してみるわ。
ねえ? Wild
Fire ってなあに。 火・・・の一種? 」
「 ほう・・・ いろいろ、踊りの幅がひろまってゆくな。
Wild
Fire? ・・・ 確か・・・ 鬼火 とか 野原に放つ火とか・・・ そんな意味じゃなかったか? 」
「 野原に ・・・? 」
「 ああ。 東南アジアの方にはそうやって・・・枯れ草を焼いて次の畑作の肥料にする、とか
聞いたことがあるな。 」
「 ・・・ そうなの。 ああ ・・・ それで ・・・ <再起> なのね。」
「 次の作品の タイトルかい。 」
「 そうなの。 わたしに踊れるか・・・すごく不安なんだけど。 でも・・・ 踊れるだけどシアワセだわ。 」
「 ・・・ ああ。 オレはお前がそうやって・・・ 元気で居てくれるだけでいい。 」
「 ・・・ お兄さん ・・・ 」
「 ファン ・・・ もうどこへもやらない。 兄さんが守ってやる。 」
「 ・・・ お兄さん・・・ わたし・・・ ・・・ 」
「 もう忘れろ。 全て忘れろ。 お前はフランソワ−ズ・アルヌ−ル。
エトワ−ルへの道を今、一歩づつ昇り始めている、ダンサ−だ。 ・・・ それでいいんだ。 」
「 お兄さん・・・・! 」
「 明日の楽日は見に行くぞ。 ・・・ 気になるヤツがいたらちゃんと紹介しろよな。 」
「 ・・・え! お、お兄さんってば・・・ 見てたの?! 」
「 おや〜〜 図星だったかい? ま・・・ いろいろ・・・頑張れや〜〜 」
「 やだ〜もう! ミッシェルはそんなヒトじゃない・・・ あ。 」
「 ふう〜〜ん・・・ミッシェル か。 」
「 お兄さんってば〜〜〜 」
「 お〜っと ・・・ それじゃ オヤスミ〜〜 」
兄は ばちん・・・!とウィンクを残してさっさと自室に消えてしまった。
「 ・・・ もう〜〜〜 そんなんじゃない んだからぁ〜〜 」
ソンナンジャナイ・・・・
ふっと。 口の昇った言葉が心に響いた。
ソンナンジャナイ。 僕達ハ ソンナンジャナインダ・・・!
あのヒトが よく言った言葉。 何気ない言葉がいつも ずしん・・・と胸に響いていた。
ソンナンジャナイって。 どういうこと。
それじゃ ・・・ わたし達って ・・・ どういうことなの。
・・・ あのキスは あの夜のコトは ・・・ ただの 気紛れ ・・・?
想いが ・・・ 熱い想いが次々と心の奥底から湧き上がってくる。
忘れたはず、 閉じ込めて鍵をかけたはずの 想い が ・・・ 鮮やかに甦る・・・
「 ・・・ だめよ、フランソワ−ズ。 もう ・・・終ったのよ。
アンタが フランソワ−ズ・アルヌ−ル として生きてゆくのなら・・・ 忘れるの・・・! 」
フランソワ−ズは きゅ・・・!っと唇を噛みしめた。
もう迷わない。 今、 この道を・・・ 行くだけなのだ。
ぷるん・・・!と亜麻色の髪を揺らし、フランソワ−ズはバッグを持ち上げかけたが、立ち止まった。
「 ・・・ 寝る前に 一回だけ。 このDVD, 見ておこうかな。 」
彼女はバッグを床に放り出し 兄のPCの前に座った。
「 え・・・っと ・・・ ああ、ここよね。 ・・・・ よし・・・っと 」
軽快なテンポで前奏が始まり ― やがて画面はぱっと明るくなった。
・・・ え・・・? これって。 この曲は・・・たしか。 ショパン・・・?
ううん、 すごい アレンジだわ ・・・ !
最初に呟いたきり、フランソワ−ズは言葉も忘れただひたすら画面に吸い寄せられていた。
その夜。
日付もとうに変わった後も。 絞った音とモニタ−の押さえた灯りが兄妹の居間に満ちていた。
そして ― 押し殺した足音が かなりの間続いていた。
・・・ うわ〜〜〜 ・・・ !!!
拍手の嵐はとうに引いた後、 今度は楽屋で歓喜の叫びが弾けた。
千秋楽を無事、打ち上げた踊り手たちが その喜びを爆発させたのだ。
「 おわった〜〜〜ね♪ きゃあ〜〜 おわったぁ〜〜 」
「 あ〜〜〜 よかった・・・ ! ああ〜〜 」
「 おっつかれサン〜〜!! ははは・・・・ やったゼ〜〜 ! 」
大部屋の踊り手たちは男子も女子も 大騒ぎで楽屋に引き上げてきた。
「 フラン〜〜 どうしたの〜〜 今日ってすごくテンション上がってなかったぁ? 」
「 きゃ〜〜 そうよ、そうよ〜〜 こわいくらい、すごかった! 」
「 終ったわね〜〜! カトリ−ヌ、 エリ−ズも! ありがとう〜〜〜 」
「 ねえねえ どうしたのよ? あ。 カレシが見てる、とか? 」
「 え・・・! ち、ちがうわ。 ・・・ 昨夜ね。 ほとんど寝てないのよ、わたし。 」
「 ?? 睡眠不足で ハイになるの?? 」
「 あのね。 昨夜 ・・・ 次の作品のDVD 見てて・・・ 感動してたの!
でも! 全然ステップは読めないし、脚、縺れて出来ないの。 それで・・・ 」
「 あ〜ら・・・ リベンジ気分だったわけ? 次のコトはまた明日、悩めばいいわ〜〜 」
「 そ〜よ、そうよ! 今晩はともかく ぱぁ〜〜〜っと! 」
「 カトリ−ヌ ・・・ エリ−ズ・・・ 」
「 さあ〜〜 早く着替えて〜〜 打ち上げに行こうよ! 」
「 え・・・ ええ・・・ 」
楽屋は興奮状態のごったがえし、もう誰も彼もが声高に喚いていた。
「 フランソワ−ズ? メッセ−ジがあるわ、ふたつ! 」
「 はぁ〜〜い! 」
入り口から顔を出したスタッフは メモを二つ、渡していった。
「 ・・・? お兄さんかしら。 ・・・ あら。 ミッシェル? え・・・いいけど。 」
「 フランソワ−ズ・・! 読んでくれた? ちょっとだけ、付き合ってくれるかな。 」
「 ミッシェル〜〜 お疲れ様! ねえ、今あなたのメッセ−ジ、読んだわ。 急いで着替えてくるわね! 」
「 うん! ごめん・・・忙しないけど。でもどうしても言っておきたくて。 」
「 ?? いいわ。 それじゃ・・・30分後はどう? 」
「 オッケー。 おっと〜 僕も急がなくちゃな! 」
「 それじゃ、ね。 ・・・あら ・・・ こっちは ・・・・? 」
上質のカ−ドには見慣れない筆跡で 彼女の名前が記されていた。
「 ・・・ だれかしら。 お兄さんじゃないわね・・・ え・・・? 」
幸せに。 踊っているきみが一番好きだよ。 J
す・・・っと。 彼女の顔から血の気が引いた。
汗に塗れ舞台化粧が落ちかけていた頬が 固く・青白く強張る。
・・・ タオルを握った片手が 小刻みに震えだした。
きゅう〜っと唇を噛み締め、眉根を寄せて。
たった今までとはうって変わった厳しい表情で俯いたまま 彼女は楽屋に戻っていった。
「 やあ、ここ、ここだよ! 」
「 ・・・ ミッシェル・・・ 」
楽屋口を出て 少し引っ込んだ角で青年が待っていた。
彼も大きなバッグを置き ぼさぼさの洗い髪をしきりに引っ張っている。
「 ごめん・・・急がせちゃったね。 これから打ち上げ ・・・ どうしたの。 」
「 ・・・ え? 」
「 なにか ・・・ あったのかい。 」
「 別になにも ・・・ ないわ。 なぜ? 」
「 なんだか・・・ フランソワ−ズ、顔が違う。 さっきの君とは別の人みたいだよ? 」
「 そ、そう・・・? ざばざばメイク落としてそのままだからよ、きっと。
ごめんなさい、あの ・・・ 用件って? 」
化粧気のまるでない顔は きゅ・・・っと引き締まり固い表情のままだった。
ほんの30分前に上気し微笑んでいた彼女の表情は 今、どこにも見られない。
ミッシェルはなぜか す・・・・っと背筋が緊張する思いがした。
「 あの ・・・ なにか・・・悪い知らせでもあったのかな。 家族とか・・・? 」
「 ううん。 ごめんなさい、ミッシェルは気にしないで・・・ あなたのせいじゃないわ。 」
「 う・・・ うん ・・・ あの・・・・ 実は、さ。 」
「 ええ、なあに。 」
「 ・・・ うん。 フランソワ−ズ。 僕と付き合ってください! 」
「 ・・・ ・・・ ミッシェル ・・・ 」
「 あ ・・・ こんないきなりでごめん・・・! でも、でもな。 ずっと・・・ 好きだったんだ。
うん、君がウチにカンパニ−に入ってきた時からずっと! あ・・・ごめん、僕ばかり喋って。 」
「 ・・・ いいのよ、ミッシェル。 あなた ・・・ とってもとってもいいヒトね。 」
「 え・・・ あ、あの〜〜 僕は <良いヒト> になりたいんじゃなくて・・・ 」
「 わたしも。 アナタのこと。 ・・・ 好き、よ。 」
「 え! ほ、ほんとうかい!? うわ〜〜〜 やた〜〜! 」
青年は握り締めていたキャスケットを ぽん・・・と放り上げた。
「 ミッシェル・・・ ちょっと待って。 ちょっと・・・聞いて? 」
「 え〜 もう返事、聞いたよ♪ 僕のこと、嫌いじゃないのなら。 もうちょっと<知り合って>みない。 」
「 あのね、ミッシェル。 あの・・・わたし、ね・・・ 」
「 うん、 愛してるよ〜〜 ああ〜〜 勇気だしてよかった!
楽の日にきっと言うんだ!って決めていたんだ。 ああ〜〜 嬉しいなあ! 」
「 ・・・ あ・・・! 」
青年はするり、と彼女の身体に腕を回した。
「 今日は本当にちょっとだけ。 ね・・・ いいだろ? ・・・ フランって呼ぶね? 」
「 いいわ ・・・ 」
「 メルシ♪ あれ? なんだか元気、ないね。 疲れちゃった? 」
「 ううん ・・・ そんなコトないわ。 」
「 そう? フラン、お兄さんがいるんだろ? 今度 ・・・ 挨拶にゆくよ。 ちゃんと、ね。 」
青年の腕に 力が篭った。
芯熱のある身体が ぐ・・・っと彼女に覆いかぶさってきた。
・・・ 温かい ・・・ 温かいのね、 ミッシェル。
ああ ・・・ ヒトの身体の温か味って ・・・ こんなにやさしかったかしら・・・
振りほどくつもりが フランソワ−ズはそのまま・・・青年の腕に身を委ねたままだった。
このまま・・・この温もりに身を預けてしまいたい・・・!
すべてを ・・・ 忘れて ただのフランソワ−ズ・アルヌ−ル、
エトワ−ルを目指すただの女の子として ・・・ 生きてゆきたい・・・
「 ・・・ ねえ? いいかな。 」
耳元で 青年の囁きが聞こえた。
「 ・・・ ん ・・・ いいわ ・・・ 」
目を閉じてこくん ・・・と頷く。 いつか、こうなると願っていた・・・
青年は彼女の頬に手を当て、 静かに唇を寄せてきた。
― カサ ・・・!
コ−トが擦れ合い ポケットで上質の紙が音をたてた。
・・・ あ ・・・。
す・・・・っと 心からも頭からも。 靄が引いてゆく・・・ 熱気に紛れていたなにか がはっきりと見えた。
「 ・・・ フラン ・・・ 愛してる! 」
ぐ・・・っと背に回された腕にいっそう力がこもり ―
「 ・・・ や・・・! ジョ−じゃなくちゃ・・・ ジョ−でなくっちゃ・・・イヤ・・・! 」
「 ・・・!? フラン?? 」
「 ご ・・・ ごめんなさい・・・! ごめんなさい! 」
必死で振りほどいた腕の持ち主は 呆然と彼女を見るばかり・・・
「 どうして ・・・? 」
「 ・・・ ごめんなさい・・・! わたしにもわからないの、勝手に口が ・・ 腕が動いてしまったわ・・・ 」
「 聞こえちゃったんだ。 ジョ− って だれ。 」
「 ・・・ ジョ−は・・・ ごめんなさい! わたし、あなたに好きになってもらう資格なんか・・・ないわ。
わたし ・・・ あなたに縋って自分から逃げようとしたの。 」
「 逃げる・・・? 」
「 ええ。 ・・・ ミッシェルにはもっと素直で素敵なヒトが相応しいわ。 ・・・ さよなら・・ 」
「 おい!? フラン ! フランソワ−ズ!! 」
青い瞳は じっと青年を見つめていたが ふい・・・っと逸れ、亜麻色の髪に隠れてしまった。
カツカツカツ ・・・ !
夜風が流れる石畳に 乾いた靴音が遠ざかっていった。
お兄さん 必ず帰ってきます。 必ず ・・・ Au revoir ( また会う日まで )
カトリ−ヌ ごめんなさい。 一緒に踊りたかったの、本当よ!
ミッシェル ごめんなさい。 ごめんなさい・・・! あなたのせいじゃないの・・・
短い手紙を置いて その夜からフランソワ−ズ・アルヌ−ルの姿は 消えた。
茶色い髪の青年とセ−ヌ河畔を歩いていた・・・との情報があっただけだった。
「 ほら・・・! ジョ−、見て? ねこ柳の芽がこんなに大きくなったわ。 」
「 うん ・・・? ああ・・・ そうだね。 」
「 すごいわね〜〜 毎日毎日 どんどん春が来るみたい。 あ・・・大丈夫? そこ、石段よ。 」
「 ありがとう。 大丈夫だよ。 」
「 やっぱり・・・まだ車椅子の方がよかったのじゃない? 」
「 平気だよ〜〜 脚、動かさないと。 今の身体とはやく 仲良し にならないとね。 」
「 まあ・・・ ふふふ・・・そうねえ。 身体に嫌われたら困ってしまうわね。 」
「 博士が苦心して修復してくださった身体だもの。 大切にしないとさ。 」
ジョ−は手にしていた松の枝を ぽ〜〜ん・・・と放った。
「 ええ ・・・ ええ。 そうね ・・・ 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
断崖にちかい場所から 二人はゆっくりと波打ち際にまで降りていった。
・・・ 風が ・・・ ああ もう ・・・ こんなに温かい・・・
なにがあっても ちゃんと季節は廻ってゆくのね
フランソワ−ズはジョ−に腕を貸しつつ どんどん明るくなってゆく空を見上げていた。
「 ぼく。 あの空のもっと上で。 一回 燃え尽きたんだ。 」
「 ・・・ ジョ−・・・ もう、いいわ。 そのハナシは・・・ 」
「 ごめん。 これっきりにするから・・・ 聞いて欲しいんだ。 」
ジョ−はすこし先へ行き振り返ると フランソワ−ズに手を差し出した。
「 こっちに来て? ・・・ 一緒に聞いてくれるかな。 」
「 ・・・ わかったわ。 」
二人は海を望める窪地に ゆっくりと腰をおろした。
セ−ヌ河畔で彼に追いついてから ― 暴風雨の中の日々の連続だった。
いったいどれほどの間だったのか・・・
今となっては 見当もつかない。
ともかく 今。
彼らは再び海辺に建つ邸に戻ってきた。
星の燃殻となって帰還したジョ−が なんとか一人歩きできるようになったとき、
フランソワ−ズはやっと ・・・ 海や空や。 山や野原や季節の移り変わりに目が行った。
「 ・・・ もう 春なんだね。 」
「 そうね。 海の色もずいぶん明るくなったわ。 」
「 うん ・・・ 昨日さ、裏山の向こうの畑で枯れ草を燃やしてたんだ。 」
「 まあ、そう? ・・・あ! 兄から聞いたことがあるわ。 燃やした草は肥料になるのでしょう? 」
「 ああ、そうらしいよ。 ・・・ 燃えて また 大地は、自然は 甦るんだ。 」
「 ・・・・ 燃えて ・・・ 」
「 うん。 ぼくは燃えて燃え尽きて。 灰になったらきみの側に落ちたいな・・・って思ってた。
そしたら。 目が覚めたら ちゃんときみが側にいてくれた。 」
「 ・・・ あなたは ・・・ 還ってきて くれた ・・・わ ・・・ 」
「 ぼくは機械仕掛けのサイボ−グだから燃えて・・・また甦ったよ。
でも。 こころも甦ったって思ってる。 ・・・ きみと一緒に生きてゆきたいんだ。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・! 」
「 冬が終れば枯れた草を燃やしその下から 新しい芽が伸びる・・・
人間のこころも 同じかなあって思うんだ。 ・・・ 甦って頭を擡げるよ。 」
「 そう ・・・ そう、ね。 」
「 ぼくと共に・・・ 歩いてくれる? ・・・ 長い道だろうけど。 」
「 ・・・ ええ ・・・ええ !
わたし・・・時には Wild
Fire になってジョ−を焼き尽くす・・・かもよ? 」
「 Wild
Fire ? ああ・・・ 野火 だね。 うん、いいよ。
燃えても ・・・ こころはまた再起する! ぼく達は 人間だもの。 」
ジョ−は寄り添うフランソワ−ズの手をしっかりと握った。
「 ― 行こう。 一緒に・・・ 」
「 ええ。 一緒よ、どこまでも。 」
ことん・・・と亜麻色の頭がジョ−の肩にもたれかかる。
フランソワ−ズはそっと目と閉じ、心の中であの調を歌った ・・・ とうとう踊ることのなかったあの曲を。
そう、いつか。 わたしも あの作品が踊れるかもしれない・・・!
無限の可能性を秘めたもの ― それが ・・・ 人間・・・!
わたし達 ・・・ 人間 だわ・・・!
春を間近にした海はゆるゆると翡翠色の波を寄せ・・・そして引いていった。
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Last updated : 04,28,2009. index
******************* ひと言 *********************
はい〜〜 もう、すぐにお判りかと思います、原作設定 ( 平ゼロじゃないです ) ヨミ編 開始前 あんど
う〜〜〜〜んとすっ飛ばして、 帰還後 の妄想エピソ−ド であります。
実は! 原作の 『 走れ! 兄ちゃん 』 編 をベ−スに書こう!と思っていたのですが・・・
な〜ぜか全然ちがう らぶモノになってしまいました (^_^;)
海が見たいな〜〜・・・・なんて思っていたからかもしれません。
タイトルは 某有名小説とは全く・全然・100%無関係でございます。
ご感想のひと言でも頂戴できますれば 天にも舞い上がって〜〜 あ、ほい♪ と舞いまする〜<(_ _)>